『兄と、妹』

 
 "殲滅銃姫"
 あの子は最近、そう呼ばれているんだそうだ。
 確かにそれは、あの子の一面だと思う。でも、僕があの子に見たものは……

「SSさん」
「SSたん、でございます」
「それ、恥ずかしいんだよ……」
 そんな話をしている僕らを見て。フラットさんが、にっこりと笑った。
「わたしのように、SSたんさん、とお呼びする、とか?」
 だが、あの子は、この点にはすごくこだわっている。
「さんもなるべく付けない。【SSたん】りぴーとあふたーみー?」
 ついに退路を失って、僕はその呼び名を口にした。
「え、えすえす……たん」
 多分、僕は真っ赤になっていたと思う。あの子は満足したように、小さく頷いた。
「フレッドさんはGJでございますが、フラットさんは……まあ、そのうちでございますね」
 そんなあの子に、フラットさんは思いもよらないことを言った。
「うーん……ね、代わりにフラット姉さん、と呼んでみてくれない?」
 すると、あの子は、案外あっさりとその案を容れた
「そうですね。私ばかり要求するのもアレでございます。…アーアーアー…フラットおねぇちゃん☆」
 突如オクターブ跳ね上がったその声に、仲間たちはみなひっくり返った。
「く……数多くの妹達から姉さんと呼ばれた私を以ってふらつかせるとは……SSたん、やりますね……?」
 フラットさんは大ダメージを受けている。


 そんな時。つい、言ってしまったんだ。


「あ、それじゃ僕も、お兄ちゃんって呼んでくれると……」


「……ふう。フレッドさん……セクハラはよくないことでございますよ?」


 せ、セクハラ?
 そんなんじゃない、と否定する間もなく、仲間たちが僕をはやし立てる。
「……お兄ちゃん?」
 ルスファが、きょとんと首を傾げて僕を呼ぶ。
「ほら、行くよ兄者〜」
 アーニャが僕の背中を叩く。


 ……あれ?


 ふと。
 罪悪感が沸きあがってきた。
 妹……エレノアに対する。


 僕の妹はエレノアだけだ。他の子に兄と言われて、どうしようというんだろう。
 ホームシック、なのかもしれない。もう半年も会っていないのだから。
 だからといって、誰かを誰かの代わりにするなんて、許されないことだ。
 でも、それ以上に……


 僕は、混乱していた。



 伯父の屋敷は、昔僕ら家族が住んでいた屋敷よりもずっと大きい。母も妹も、ここで不自由はしていないだろう。
「ここにフレッド兄やんの妹さんがいるんすねっ」
 なぜかついてきたヒューイが、にかっと笑う。


 ヒューイはさすが、すぐ屋敷に溶け込んだ。メイド長なんて、息子を見るような目でヒューイを見ていたし。


 僕はと言うと……
 馴染みのない屋敷の、与えられた部屋で、小さくなりながら、伯父の言葉を頭の中で繰り返していた。
「……現在、エレノアの立場は、アマーリアの庶子というものにすぎない」
「エレノアが成人するまでに、君かウィルフレッド君の手によって、ジェード男爵家の復興が成らなければ……」
「エレノアは、私の養女として、ベリル伯爵の娘として、社交界に出すことにする」


 あと三年。あと三年で、僕か父さんがジェード家を再興すれば……それは、とてつもなく遠い、けれど、目指さないわけにはいかない道だ。
 そうでなければ、僕たちは……家族ではなくなってしまう。


「兄さん」
 エレの声。何も変わらない、エレの声。
 僕は、いったい、何を惑っていたのだろう?
 僕らは兄妹だ、疑うまでもなく。これまでも、これからも、ずっと。
 そう、はっきり望んで、歩いていかなければならないのに。
「……どうしたの、エレ?」
 彼女は、後ろ手に何かを隠し持っているようだ。
「あのね、これ、自分で作ったの。……兄さんに、あげるね」
 渡されたのは……くまのぬいぐるみ。
「作った、の? エレが?」
 貴族の子女だって、裁縫を習うことはあるだろうけど、エレがやっていたのは見たことがない。
 実際、そのぬいぐるみは、ところどころ糸がほつれていて……糸には、赤く、血が滲んでいた。


「……エレ」


 僕は、そんなエレが心底愛しくて。
 でも、なんだろう。この違和感は?
(エレノアは、僕の……)

 
「この子のこと、私だと思って……放さないで」
「かわいがってあげてね。……兄さん」
 
 
――end.