行くなら、もっと遠く、ずっと遠くに行かなければ。橋を越えて、あるいは街道を越えて。平和とは遠い、戦いの最前線へ。君の姿が見えないくらい、君の声が届かないくらい、君の夢も見ないくらい、もっと、遠く、遠く、遠く、遠くへ。
 父さんの気持ちも、今なら少しだけわかる。父さんは橋を渡って、どこに行ったんだろう。霧の中? そうかもしれない。今の父さんにあるものは、歴戦の強さと、翡翠の色の瞳だけだから。
 いつかまた一緒にと思うなら、一度全てを捨てなければいけない。父さんには、わかってたんだ。あの家と、この世界とは、信じられないくらい遠いってこと。
 でも、僕に、同じことができるんだろうか? 笑いかけてくれる笑顔、髪を梳いてくれる手、兄さんって呼んでくれる、あの甘くて柔らかな声。そんな全てから遠ざかって、どこか知らない地の果てへ。
 本当はきっと、そのほうがエレのためなんだ。僕が遠くに行ってしまえば……。あの子はそのうち、素敵なレディになるだろう。そしてきっと、いつか、一番の幸せを見つけるだろう。彼女にとっては、きっとそれが一番いいんだ。……でも、どうして僕は、心からそう思えないんだろう?
 僕をここに引きとめているのは、彼女じゃない。彼女を想う、僕の心。それもひどく身勝手な。
 あの夜、彼女は、泣きながら、笑っていた。確かに、笑っていた。どうして?
 あの時、僕が、言えなかった言葉は、それは――


 行かなければ。もっと遠く、ずっと遠くに。どうせ、もう、戻ることなんて出来ないんだから。