Grace & beau on the backstage

「はい、返しますわ」
「あ、どうも」
 受け取った人形は、とても『いい顔』をしている。
「一日程度で元に戻るわ。安心なさい」
「はは、ちょっと残念」
 初めて会うはずの冒険者だが、どうも彼女には見憶えがある。……彼女に、というか、彼女の雰囲気に?
「あなたは操霊術師?」
「あら、私を知りませんの?」
「これは失礼。俺は、女神のこと以外にはとんと疎くって」
 おそらく、名のある冒険者なんだろうね。この宿にはかなり有名な冒険者もいくらかいるらしく――俺の知っている中だけでも、騎士の位を得たという青年がいる。その彼も今は向こうで、プレゼントの包みを物色しているけど。
「では、私の名乗りを聞くことを許しましょう」
 彼女は、手に持っていた扇をばさりと開き、俺の目の前に差し出した。思わず気圧されて後ずさる。
「――私は"天才"ファーレンディア・ルールシェンク。人呼んで"黄昏の明星"。――レンデ様、と呼ぶことを許可しますわ」
 ……堂に入った高慢な態度。芝居に出てくる女王様のようだ。
 でも、俺は彼女の態度よりも、その『名前』に気を取られていた。
「ファー……レンディア?」
 頭の中でスペルを並べる。途中まで同じ――操霊術師――
「あの、失礼ですが……ああいや、先に俺も名乗らせてもらおう。アステリアの神官の――レウィル、です」
 名字を言うのが、少し躊躇われた。
「レンデ様……だったっけ。出身を聞いても――?」
 そう言うと、彼女はやや躊躇うように、扇で口元を覆った。
「出身は――ミラボア、ティルスティアルの街。操霊術の師匠の名は――」
「……ファールド」
 俺がそう言うと、彼女は扇を閉じて、口元だけをわずかに歪め、笑った。



 "白日の悪夢"魔女ファールド。俺にとっては兄の仇――ではあるのだろうけど、そういう気持ちを持ったことはない。
 俺はあの時、兄貴の死から目を背け続けていた時、恨む権利すら放棄したんだと思う。
 だから、あの魔女にも――ましてやその弟子には何の恨みもないし。というか、あの魔女の後継者は今でもうちの商店のお得意さんだ。この前帰って店番をしてた時にも、子供連れで買い物に来てくれたので普通に応対した。そんなものだ。
 ただ、過ぎ去ったと思っていたものが、突然目の前に現れた時の気分っていうのは――まあ、笑うしかないね。
「奇遇だね、どうにも。こんなところで同郷の人間に会うとは思わなかったよ」
「アステリアの神官と言ったわね。ティルスでは見なかったけれど」
「声を聞いたのはほんの一年くらい前だからね。あの街で布教ができるとも思わないし。家に帰れば、今でもただの放蕩者の次男坊だ」
 まあ、今となっては一人息子なんだけど。
「……レンデ様? あなたは、えーと、その……」
「今は一冒険者ですわ。至って――善良な」
 彼女は再び口元を隠して、くすっと笑った。
「――けれどね、いずれ私は女神になるのよ」
「始まりの剣を手にとって?」
 プレゼントに包んだ模造剣を思い出した。あれは舞台用の小道具で、らしく見える以外の効果はないけれど。
「さぁ……方法など何でも構いませんわ。神になるというのも、力の形容でしかないの。私がしなければならないことは、ただ一つ」
 彼女は扇をぱちんと閉じて、俺のほうに向き直った。舞台の上の女優のように、自信に満ちた表情で。
「あのひとを超えることよ」



 ――その一言で、妙に安心した。
 同時に、緊張していた自分に気付いて、少しおかしくなった。



 昔、俺たちの街では、色々悪いこともあったけれど。
 全てはきっと、なるようになるんじゃないか。そんな気がしたんだ。